時手紙
一通の手紙が届きました
とても見慣れた
とても懐かしい
バランスの整った私の好きな字
十年ぶりでしょうか
この字を目にするのは
ずっとずっと避けてきたこと
その差出人の名を見たとき
心臓が止まるかと思いました
忘れよう 忘れようとしても
忘れられなかったあの人
彼は突然消えました
彼と再会したときには
彼の温もりを感じることができませんでした
彼の傍には
彼の昔の恋人が並べられていました
その後は何も覚えていません
どうやって家に帰ったかも
彼との別れの席に出たのかも
そういえば
彼は“アイシテル”とは言いませんでした
“スキダ”と言っても
“キレイダ”と言っても
手紙には
あの事件の真実が書いてありました
もしかしたら彼女は
自分を殺すかもしれない、と
原因、思い出、彼のこと、私のこと...
たくさんたくさん 書いてありました
たぶんこれは
あの夏 あの海の傍の あの洋館で
書かれたのでしょう
肩の荷が下りた
久しぶりに 十年ぶりに
呼吸が楽になった
もう一通封筒があった
差出人の名はない
便箋には 見慣れた字で一言
…嗚呼
目の前が歪んで何も見えない
十年間こんなことはなかったのに
“愛してるよ”
2007.7. 制作
時手紙は、A県のある文学館に実在するものです。
数年後の自分や恋人、家族に送る手紙を書く、と言うシステムです。
もちろん費用はかかりますけど…(苦笑
photograph by m-style