泣かない

 父は泣かない
 
 それが父親だと思っていた

 テレビの中で
 自分の目の前で
 大の男が泣き崩れようと
 父だけは泣かないと思っていた 
 涙なんか似合わないと

 その日は唐突という訳でもなく必然
 それでも突然やってきた

 父の父
 私の祖父の葬儀
 父は祖父との思い出を話していた
 いつもの変人ぶりはなく
 何とか明るく話そうとしているように思えた

 けれど突如つまる声
 父の声とは思えないコエが聞こえた
 父から一番遠い位置で
 カメラを構えていた私には認識できなかったが

 たぶん
 父は泣いていた
 涙は流していなかったかもしれない
 それでも
 父のコエは泣いていた

 文字で死を知らされた私は
 その日まで
 まともに泣いていなかった
 妹と比べても
 私は祖父との関わりが記憶になかったから
 それにそこは
 私が泣いていいところではなかったから

 手のひらに爪をたて
 下唇を噛み締めて 
 それでもその水は頬を伝わってきた
 まるで
 必死で我慢する父の分まで溢れているかのように
 流れ続けた


 父は泣かない
 父は戻った

 だけど
 あの日初めて
 父の背は コエは

 小さく頼りなく
 私の中で泣いていた


                        2007.4.24. 制作


 ホント、私の中で父親とは絶対に泣かない生き物だったんです。
 母はそこそこ涙を見せているのですが…もちろん、簡単なことでは泣きませんよ。
 昔母に、父は泣くのかと尋ねたとき、泣いたのを見たことがあると言われたのですが、信用していませんでした。
 死とはそこまで、人を左右するものなのですね。
 



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