under a spell*

 “桜でも見に行こうか”
 少し肌寒い四月の夜

 いつも外に出るのさえ拒む
 面倒くさがり屋の恋人からの誘い
 夢かと思った
 寒いのも嫌いなはずなのに

 彼女はなぜか
 花見客の全くいない
 電灯の少ない
 けれどとても美しく咲き誇る
 とても太く大きく年老いた
 桜が一本ある公園を知っていた
 他にも桜はあるけれど
 その一本は言葉を失うほどの美しさだったから
 この世のものとは思えないほどの美しさだったから
 他のものより勝って見えた
 この公園の主のようなそれ

 ‘こんな処あったか?’
 家を出てから俺たちは
 一言も交わしていなかった
 その間の彼女は
 少し変な感じがしていた
 そしてやっと
 俺が探し出した言葉がこれ
 けれど返答がなく
 隣には誰もいない

 夜風に吹かれ
 満月の光に照らされ
 散りゆく大樹の下で
 舞い散る花びらを
 掴んでは離し掴んでは離し

 ガキのようなことをしているはずの彼女は
 まるで
 人気を忍んで桜と戯れる
 桜の精のよう
 彼女の目は虚ろで
 何かにとり憑かれているようで不安になった
 けれど桜にも勝る妖艶さ

 だから
 妖精のようだから
 消えてほしくなくて
 いつまでも見ていたくて
 桜に盗られたくなくて
 気づいたら
 彼女を抱きしめていた
 
 彼女は夢から覚めたような眼をしていた
 花びらが髪に絡まっていた
 妖艶さはなくなったが
 美しさは残った

 夜桜の魔力だったのだろうか
 俺はその公園を見つけられていない
 そして彼女は
 また一段と綺麗になった

 
 誰のとはわからない
 魔法にかけられて
 魅せられて
 人は人に惹かれる


                        2007.4.11. 制作


 長いですね〜…一つ前の作品が夢のようですね、正に(笑
 ファンタジーですね、今回のは。
 本当は小説も書きたかったのですが、詩は前から作っていましたし、小説だとかなりの時間を要すると思われたので詩にしたわけですが…
 そのせいですかね、これは。けれど、なにもメルヘンが書きたかったわけではないのですよ(苦笑
 



                                                                      photograph by m-style