いってらっしゃい

 その一言を
 こんな簡単な一言を

 その日は言えなかった
 言わなかった

 つまらないことで
 怒鳴りあい
 自分が
 折れるべきだったのかもしれない
 彼は
 何も言わずに出かけていった
 出ていったわけじゃない
 こんなの日常茶飯事

 怒った顔で
 それでもどこか
 悲しそうな顔で 

 出かけるのはいつものこと
 けれどそれが
 私が見た
 彼の
 最後の顔になるなんて

 知らなかった

 あの電話が鳴ったとき
 彼かと思った

 それは期待はずれで
 この世の終わりの音だった


 いってらっしゃい
 そうやって彼を送りだせていたら

 おかえり
 そうやって彼を
 迎えることができたのかもしれない


                        2007.11.24. 制作


 私の母はよく、喧嘩したまま死なれると絶対に後悔するから、と言います。
 そこは突っ込んで聞けないのですが、母が自分の父親、つまり私の祖父とそうなってしまったのではないかと思います。
 皆さんは、後悔しないようにしてください。


                                                                      photograph by Lovepop